2006年04月11日
2006年04月09日
続石(2)「弁慶が!? 古代人が!? 自然が!?」
「続き石(1)」では不思議な形をしているという事を書きましたが、今度はこの続石にまつわる話を。
見た目も不思議なこの「続石」ですが、どうしてこのようなものが、こんな山の中にあるのでしょう。そのいわれは、3つあるようです。続きを読む
2006年04月05日
続石(1) 「不思議な形の石」
観光施設「千葉家」の近くにあり、「遠野駅」からだと車で15分くらいで、車をとめた後、山道を10分ほど登った所にあります。
いろんなものに逸話があるというのが遠野のおもしろいところですが、特にこの「続石」にはいくつものまつわる話があり、少しミステリアスな場所でもあります。続きを読む
2006年01月31日
道の駅「遠野“風の丘”」
地場産品やお土産売り場があり、特に菓子類のお土産は豊富です。遠野の中でも品揃えがいいのではないでしょか。
遠野名物「あけがらす」も、数種類揃っていたり、他のもいろいろ置いてあったりで食べてみたいものがたくさんありました。あと、試食もわりと楽しめます。
お食事何処もあり、ジンギスカンとかが食べれるようです。外にデッキがあり、天気のいい日はおそらくそこで食事ができるのでしょう!?
観光案内をしてくれる案内所も中にあり、気軽に道を尋ねてみたら丁寧に教えてくれました。
それよりももっと目に付くのが、ここ“風の丘”名物!?の白い風車。近くにくれば必ず目に留まるものです。プロペラが一つしか付いてないので、止まっている時に見るとなんだか風車に見えません。
でも、風が吹くと勢い良く回っていて、真下に立つとビュンビュン音がします。
2005年12月05日
山崎のコンセイサマ 「1.5mの石」
柳田国男の『遠野物語』の中に 「コンセサマを祭れる家も少なからず。石又は木にて男の物を作りて捧げる也。」 ⇒ 「コンセサマをまつっている家もすくなくない。石、または木で男根の形を作ってまつるのです。」 とあります。このお堂の中にその「コンセイサマ」があります。
すぐ目の前まで車で行けます。
続きを読む
2005年11月27日
2005年11月13日
カッパ淵−2「カッパ狛犬」
お堂の中には、いろいろなお地蔵様などがまつられていて、その前には狛犬がいる。一見普通のお堂のように見えます。
カッパを模した形の狛犬です。
「カッパ狛犬」と呼ばれている狛犬で、頭にお皿があって、おさい銭が入れられてます。
遠野ならではの、面白いエピソードだと思います。
とても珍しい、ユニークな狛犬です。
カッパ淵には、祠が一つあります。
カッパ神を祀(まつ)った祠で、
子持ちの女性が乳の形をした赤い布を「お乳がでるように」と
納めるのだそうです。
―――― 「稲荷堂」 ――――
カッパ淵の脇にある、稲荷堂です。
2005年11月07日
カッパ淵−1「カッパのいた淵」
「常堅寺」のPに停め、お寺の裏へ回るとある
「かっぱ淵」です。
遠野にはカッパ話がいくつもありますが、中でも有名なのがこの「カッパ淵」です。
足洗川に架かる小さい橋を渡り、このカッパ淵へ行きます。
カッパが出てきて馬を淵へ引き込もうとしたが、逆に馬小屋まで馬に引きずられてしまいます。
えさ桶(おけ)に隠れるものの家の者に見つかり、村中の者が集まってきて「殺してしまえ」となりますが、今後、悪戯(いたずら)をしないと堅く約束をして放してやったという。
また、「遠野市立博物館」では、これと同じような話の「かっぱのおくりもの」という話を、スライドで見せています。
こっちは、
家の人に捕まった後、「毎日川の魚を届けるから」とお願いして許してもらいます。ちゃんと毎日届けていたそうですがある日、そのカッパが「苦手な鎌(かま)を通う道に絶対に置かないで下さい」と言ったのを忘れ、主人は鎌を置きっぱなしにしてしまいます。それから2度と来なくなった
という話です。
このような話も含めて、「『遠野物語』」や「遠野の昔話」などにはカッパが登場する話がいくつもあります。
長靴を履いて麦わらをかぶり、首からかっぱの捕獲許可証を下げて、竹竿にキュウリを吊るして「カッパ釣り」をしていました。
ここで会えば、子どもがカッパに団子をあげようとした話などもきっと聞けるでしょう。あと、カッパ釣りのコツなどを聞いてもいいかも知れません。
馬を食べるようなので、結構危険な生き物でもあります。
まさに「遠野駅前」のかっぱ池にいる
かっぱ達のようなのかも知れません…
「遠野駅前のかっぱ」
捕まえるには「捕獲許可証(遠野市観光協会)」が必要です!
さらに河童を生け捕りにして遠野テレビへ連れて行くと「1000万円」です!
古道跡 「古参道の鳥居」
「伝承園」と「伝承園駐車場」の間にあるので、伝承園に行くのならついでに見れます。
見ての通り、目に見えてワイヤーで補強してあったりして、ぎりぎりの状態です…
車道沿いにありますが、気付かずに通り過ぎてしまうかも知れません。昔はこの鳥居をくぐり人々が行き来していたという様子は、なかなかイメージしにくいですが、いまだに残る貴重な史跡です。
近くの土淵小学校の裏には、古道の続き(!?)があります。
道のような跡は全くありませんが、
たぶんこの辺りが道だったのでしょう。
こっちは「石上山登山道の鳥居」です。
後ろの灰色の鳥居がよく似ています。
2005年10月29日
山口の水車 「昔の風景」
デンデラ野 「静寂な野」
人通りのない道で車を停めてすぐ。
近くの「山口の水車」・「ダンノハナ」・
「佐々木喜善生家(眺めるだけ)」も一緒に。
蓮台野(れんだいの)とも言います。「墓地」という意味を持つ「蓮台」。今はデンデラ野と呼ばれています。
昔、60歳を超えた老人を、
このデンデラ野に追いやる習慣があったそうです。
追いやられた人たちは、ただ死んでしまうのではなく、
日中は里へ降りて農作をして、夕方にここへ戻って来ていた
という所です。
朝に農作に行く事を「ハカダチ」と言い、
夕に帰る事を「ハカアガリ」と言うそうです。

行く途中、山口川に架かる小さな橋があります。
奥に見えるのがデンデラ野と呼ばれる所です。

橋にはこのようなものが。
姨捨て(おばすて)の地、デンデラ野を象徴しています…
川を渡るこのような光景があったのでしょうか。
この坂道を登るとデンデラ野が広がります。
「ハカダチ」、「ハカアガリ」。
この坂道を通っていたのかもしれません…
夏の風景 冬の風景


この地から人骨は発見されていないそうなので、亡くなってから
丘の向こうの「ダンノハナ」に埋葬し直したのではないかと
言われているようです。
また、
このデンデラ野は、亡くなった
村人の魂が通っていく場所
とも言われているのだそうです。
夜中に、
それが男なら、馬の鳴輪(なるわ)の音や
山歌を歌う声。
女なら、生前歌っていた歌を小声で歌ったり、
すすり泣きをしたり、
高らかに話し声をさせたりして
通ったといいます。
このデンデラ野は、亡くなった
村人の魂が通っていく場所
とも言われているのだそうです。
夜中に、
それが男なら、馬の鳴輪(なるわ)の音や
山歌を歌う声。
女なら、生前歌っていた歌を小声で歌ったり、
すすり泣きをしたり、
高らかに話し声をさせたりして
通ったといいます。
この場所に立ち、丘の方を眺めながらそんな事を考える。
それが、このデンデラ野なのでしょう。
形としては何も残っていません。
刺さった棒が2本、ベンチ、簡単な説明書き。
静寂な場所で、あまり長いする気にはなりません。
それが、このデンデラ野なのでしょう。
形としては何も残っていません。
刺さった棒が2本、ベンチ、簡単な説明書き。
静寂な場所で、あまり長いする気にはなりません。
「遠野市HP“熊の出没注意報”」を見て
驚きました…
クマ出没情報を見てみて下さい…
遠野駅・2 「河童を探す」
遠野駅前には、いろんな所にカッパがいます。
広場のカッパ池にいる4匹はすぐ目に入りますが、なかには知らずに見逃してしまうものもあります。
広場のカッパ池にいる4匹はすぐ目に入りますが、なかには知らずに見逃してしまうものもあります。
遠野駅・1 「遠野駅」
JR釜石線「遠野駅」。

釜石港のある「釜石駅」から上り、約60分で「遠野駅」。そこからさらに上ると約60分で東北本線とつながる「花巻駅」です。

隣の駅は、「青笹駅」と「綾織駅」です。
大正3年(1924年)に開業し、現在は日に平均500人弱が利用する駅。

おうど色のレンガでできていて、とても綺麗です。
すぐ横に「遠野市観光協会の案内所」もあり、そこで市内案内や観光施設などのパンフをもらったり、お土産の小物を買ったり、レンタサイクルもやっています。
2階は「フォルクローロ」というホテルです。

駅を出ると広場があります。まず目につくのが河童(かっぱ)池です。
4匹の河童が池で石に腰掛け、お喋り(!?)をしています。
可愛げはありません…
なんとなくリアルな感じが…
イタズラというより悪さをしそうな…
遠野へ来ても、こういう河童には会いたくないです…
「河童の視線からみた河童」 「河童と酒と肴(魚)」


いろんな角度から見てみると、また見え方が違って面白いかも知れません。
見慣れてくると、愛嬌がある表情にも見えてきます。
見慣れると…。

釜石港のある「釜石駅」から上り、約60分で「遠野駅」。そこからさらに上ると約60分で東北本線とつながる「花巻駅」です。

隣の駅は、「青笹駅」と「綾織駅」です。
大正3年(1924年)に開業し、現在は日に平均500人弱が利用する駅。

おうど色のレンガでできていて、とても綺麗です。
すぐ横に「遠野市観光協会の案内所」もあり、そこで市内案内や観光施設などのパンフをもらったり、お土産の小物を買ったり、レンタサイクルもやっています。
2階は「フォルクローロ」というホテルです。

駅を出ると広場があります。まず目につくのが河童(かっぱ)池です。
4匹の河童が池で石に腰掛け、お喋り(!?)をしています。
可愛げはありません…
なんとなくリアルな感じが…
イタズラというより悪さをしそうな…
遠野へ来ても、こういう河童には会いたくないです…
「河童の視線からみた河童」 「河童と酒と肴(魚)」


いろんな角度から見てみると、また見え方が違って面白いかも知れません。
見慣れてくると、愛嬌がある表情にも見えてきます。
見慣れると…。
2005年10月27日
寒戸の婆 「サムトの婆はどのやまから?」
『遠野物語』の中でも特に有名な話、
「寒戸(サムト)の婆」で知られる場所です。
松崎村の寒戸の民家で、若い娘が
梨の樹の下に草履(ぞうり)を残し、消えてしまいます。
そして30年以上過ぎたある日、その家に親類達が
集まったところへ、老婆となって姿を現しますが
「皆に会いたかったから帰ってきた。
それではまた行きます。」と言って
再び消えてしまうという話です。
その日が風が激しく吹く日であったため、
今でもそういう日には
「サムトの婆が帰ってきそうな日だな」
と言うそうです。

他郷にも多かったという神隠しの話ですが、実話らしく、明治初年の事で松崎登戸の、ある家の何代前の主の時で、名がサダという娘だと明らかになっているようです。
ここには登戸橋の近くに説明の石碑が建っているだけです。
それを読みながら、このような話を思い浮かべ、「きっと、あの山から下りてきたのだろうなぁ…」と。

「登戸橋」
2005年10月26日
五百羅漢 「彫り続けられた羅漢像」
すぐ近くまで細い車道もありますが、「卯子酉さま」に停めて「愛宕神社」も合わせて3つ一緒に見るといいと思います。
五百羅漢というと、たいていはお堂などにまつられたものですが、遠野の五百羅漢は“石に彫刻されたものはここだけ”という珍しいものです。
入り口には五百羅漢登口の碑があります。
辿り着くと林の中に、
ごろごろと岩が崩れ落ちてきたかのような場所があります。
そこが「五百羅漢」です。
表面が苔で覆われていたりして、ただの岩のようですが、
良く見てみると羅漢像が彫られています。
250年近く月日が経っているため、
ほとんどが分かりづらくはなっていますが、
中にははっきりと彫られているのが見れるものも。
ただ真っすぐに登ってしまうと見逃してしまうものもあります。
この五百羅漢は大慈寺(だいじじ)(現・遠野市大工町)の19代・義山(ぎざん)和尚が1765(明治2)年にここの自然石に彫ったものだそうです。

遠野は度々、飢饉(ききん)(不作で食糧が不足し、飢えること)にみまわれ、その度に多くの人、馬、牛が犠牲となり、中でも大飢饉が数十年に一度、1695、1755、1783、1838年と4度あり、四大飢饉と言われています。
これら数多くの飢饉の犠牲となった人々の霊を供養するために、ここで義山和尚が彫り続けたのでしょう。
遠野は度々、飢饉(ききん)(不作で食糧が不足し、飢えること)にみまわれ、その度に多くの人、馬、牛が犠牲となり、中でも大飢饉が数十年に一度、1695、1755、1783、1838年と4度あり、四大飢饉と言われています。
これら数多くの飢饉の犠牲となった人々の霊を供養するために、ここで義山和尚が彫り続けたのでしょう。
昔は春に花見、秋に紅葉狩りと
人々の憩いの場でもあったそうです。
今はとてもそうとは思えないほどの静けさで、
湿った苔が生える、ひんやりとした場所です。
義山和尚はどんな思いで五百羅漢を彫り続けたのでしょう…
卯子酉さま 「赤い布」
遠野駅から車で5分。
見ておきたい名所の1つです。
「文殊菩薩」(もんじゅぼさつ)・「千手観音」(せんじゅかんのん)
・「不動明王」(ふどうみょうおう)の卯・子・酉年の神を
まつっていることから卯子酉神社の名がついたということです。
鳥居をくぐると、多くの赤い布が木の枝に
結び付けられているのが目に飛び込んできます。
昔、大きな淵(ふち)があり、その主に願いをかけると
男女の縁が結ばれたのだそうです。
心神深い者には淵の主が姿を見せたという。
小さな場所ですが、祠(ほこら)の前に立つと
何かここだけ異様な感じがします。
赤い布をちゃんと買って(100円・据え置きペンあり)
願いを書き、祠の前の木に左手だけで結びつけられたら
縁が結ばれるのだそうです。
片側にしか葉が生えないという片葉の蘆はありますが、小池は土地整備(!?)ですでにありません。
むかしこの辺りに沼があった。
その沼の主が百姓の娘を好きになり、蛇を神の使いにやる。
しかし、庭を掃いていたそこの旦那は知らずに
「チョロチョロとうるさい蛇だ」と叩き殺してしまう。
そうすると、家の人たちが訳もなく寝込んでしまった。
あまりに奇妙なので巫女に頼ると
「神の使いを殺したな、その蛇が娘をもらいに来た使いだ。」
と言われる。
娘は、沼の主の所へ嫁に行くのが嫌で、病にかかって死んでしまう。
父親は死骸だけでもと、皆が寝てからこっそり沼のほとりに埋め、
次の朝、皆が起きないうちに堀に行くと、
娘の死骸はなくなっていた。
その沼の主の片思いで、沼のほとりには片葉の蘆が生えるという。
巫女に言われて建てたお堂が卯子酉さまで、
縁結びの神としてまつられているという。
自分の名前と相手の名前を左手で書いて、左結びに結べば
縁が結ばれるそうだ。
その沼の主が百姓の娘を好きになり、蛇を神の使いにやる。
しかし、庭を掃いていたそこの旦那は知らずに
「チョロチョロとうるさい蛇だ」と叩き殺してしまう。
そうすると、家の人たちが訳もなく寝込んでしまった。
あまりに奇妙なので巫女に頼ると
「神の使いを殺したな、その蛇が娘をもらいに来た使いだ。」
と言われる。
娘は、沼の主の所へ嫁に行くのが嫌で、病にかかって死んでしまう。
父親は死骸だけでもと、皆が寝てからこっそり沼のほとりに埋め、
次の朝、皆が起きないうちに堀に行くと、
娘の死骸はなくなっていた。
その沼の主の片思いで、沼のほとりには片葉の蘆が生えるという。
巫女に言われて建てたお堂が卯子酉さまで、
縁結びの神としてまつられているという。
自分の名前と相手の名前を左手で書いて、左結びに結べば
縁が結ばれるそうだ。
その場に立った時、
特別な雰囲気の中にいると感じる、
遠野ならではの場所の1つです。
特別な雰囲気の中にいると感じる、
遠野ならではの場所の1つです。











