2005年11月18日

遠野郷八幡宮 と「蛇」

M 遠野八幡郷
「遠野郷(とおのごう)八幡宮」までは
「遠野駅」から車で3分。



八幡宮1
「340号線沿いにある最初の鳥居」


八幡宮2 神社の駐車場に車を停めるとすぐ鳥居があり、境内へと伸びる直線があります。すぐ入ってみたくなりましたが、西の方を見ると、ここへと通じている参道が見えます。せっかくなので、少し戻ることにはなりますがたどってみると、340号線沿いに見えた鳥居へと出ました。
どうやらここが一つ目の鳥居のようです。

 鳥居横の石碑によると、この鳥居は「一の鳥居」というそうで、昭和62年1月9日の大地震(震度5)で、破損し、同年9月5日に修復が完工し、その時、神社側へこの鳥居を一間(約182cm)移動したそうです。

 今は前まで車で来られますが、昔の人々が通ったであろう「一の鳥居」から参道を歩いてくる(戻ってくる)と、再び先程の鳥居へと出ます。

八幡宮3


八幡宮7 鳥居をくぐり、そこから北へ真っすぐ伸びる本堂へと向う道を進むと、途中、馬場があります。この馬場は、流鏑馬神事(やぶさめしんじ)に使われるものです。八幡宮10 そこを抜け、さらに進んで階段を登るといよいよ遠野郷八幡宮が見えます。まず、立派な狛犬が4体置かれています。
 手前にある一対の狛犬は、なぜかは知りませんが、それぞれマリと小さい狛犬に足を掛けています。
 その間を通りお堂へ向おうとした時、狛犬の台座の下に蛇が…

八幡宮4


八幡宮11 一瞬驚きましたが良く見ると、とてもキレイな蛇です。脱皮したてなのか、雨に濡れているせいなのか、艶やかに光り、黄金色にも見えます。ウロコの色合いがとても立派な蛇です。
 この場所で蛇を見ると、ただの蛇とは思えません…
 

八幡宮6

遠野郷八幡郷は元々、ここから西の方へ少し行った所、
松崎町光興寺宮代にあったそうです。
そこは現在「元八幡」と呼ばれています。

 1661年(8月28日)に、南部直栄が現在地の
松崎町白岩に遷宮(せんぐう)したそうです。

色も形もとても美しい神社です。

2005年11月17日

遠野で食事はジンギスカン

M 食肉センター 遠野に初めて来た時、「お昼はどこで済ますか」まで考えてなかったので、とりあえず283号線を青笹方向に走っていました。すると道路沿いの商店がなくなり、仕方なくUターン。
 そこにあったので、とりあえず入ってみたのが「遠野食肉センター」でした。

 メニューを見ると、「ジンギスカン定食(1,080円)」が目に付きました。もちろん遠野の名物がジンギスカンとは知らなかったので、その時初めて「もしかして、ジンギスカンてここの名物!?」と思い、とりあえず食べてみようと注文しました。ジンギスカン1

 それまでジンギスカンは、「硬めで少しクセのある肉」というイメージがありましたが、置かれた皿の上には柔らかそうな厚切りの肉が。焼く前から美味しそうに見えます。

 さっそく焼いて食べてみると、さっぱりとしていてクセがなく、すごく柔らかい肉です。しっかり焼いても堅くなりません。ご飯がすすみます。あと、一緒についてくる「もやし」も美味しいんです。ジンギスカン2

 遠野では、ジンギスカンというのはごく一般的な食べ物のようです。

 それからは、「遠野=ジンギスカン」というイメージを持ってしまいました。遠野に行った時は、とりあえずジンギスカンが食べたくなります。
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2005年11月16日

遠野は「湖」だった

M 日本地図


民話の里と言われる遠野。
岩手県、北上山系の中心にあり、遠野三山と呼ばれる
「早池峰山」(はやちねさん)
「六角牛山」(ろっこうしさん)
「石上山」(いしがみさん)
などを主に、周りを山々に囲まれている盆地です。

高い所から見るとよく分かるように、元は湖だったのだそうです。
古くはアイヌ人(※北海道の先住民族。幕藩体制下で明治時代以降、
文化がほぼ破壊された。)
が住み、
「とおの(遠野)」という名は、アイヌ語の『トオヌップ』→「湖のある丘」が
由来らしく、「ドルメン(※先住民族の墓)ではないか」
と言われている場所もあります。

高清水展望台より
「高清水展望台からの遠野の展望」
平地がまるで湖の水面のように見える


湖の水がなくなり
そして大地に人が住み始めたのは、いつのことなのでしょうか。
約8,000年前と推定される遺跡が、出土しているというのですが
集落の発生はいつ頃かは定かではないそうです。

遠野郷を400年、13代に渡り支配した「阿曽沼家」。
1210年代に高清水山の麓(ふもと)に横田城を築きます。

栄えた時代は、山々を超え、荷を運ぶ者達の通る宿場町として
人と馬などが四方から集まる交易地で
盛岡に次ぐ繁栄をしていたそうです。



この山々が地形的に遠野を隔離し、
湖に流れ込む河川のように、
通りすがりの人々が、遠野に落として行ったものを取り入れながら
湖水を溜めるように様々な伝承や昔話を
残しているのではないでしょうか。

この地はいまだに 湖のある丘、トーヌップだと
いえるのかも知れません。



1871年に盛岡に合併し、
1954年12月1日には1町7村が合併して遠野市が誕生。
そして今年の10月1日から新たに
西に隣接している「宮守村」と合併し
人口32,000人となりました。
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伝承園―2「赤い部屋 オシラ堂」

オシラ 1




「南部曲り屋」(屋根修復中)
伝承園かやぶき屋根

伝承園の真ん中にあるこの「曲がり屋」は重要文化財で、小友町(こともちょう)にあった旧菊池家住宅をここに移築したものだそうで、人と馬が共に暮らす民家でした。
伝承園蚕
中は農家で使っていた道具や、馬屋などが見れます。建物自体がすでに展示物なので、中を見て歩くだけでも遠野の昔の生活を感じることができます。
かやぶき屋根の修復をしていまいしたが、それもあまり見れるのもではないかなと思い、少し眺めていたりもしました。
伝承園語り部
また、この囲炉裏の部屋で「語り部」(遠野の昔話を話し伝えている人)が昔話を聞かせていました。寒い時期だったこともあり、囲炉裏で暖をとりながら語り部の昔話を聞くのは、雰囲気があってとても良いものです。この日のように、サービスで聞かせていることもあるようです。

養蚕(ようさん)の器具なども展示していて、その様子を知ることができます。



奥へとつながる細い廊下を曲がり、扉の開いた低い入り口をくぐると…
そこは赤い部屋、御蚕神堂(おしらどう)です。

オシラ 2


入り口をくぐりぬけた瞬間、部屋一面が赤い光に照らされ、四方にびっしりとオシラサマが飾られている。少し気味の悪ささえ感じる部屋です。オシラ 5

オシラサマは木彫りで作られた家の守り神で、女の顔と、馬の顔が彫られたものとで一対となり、真ん中に穴を開けた四角い布を、それぞれ何枚も首にかけられています。
この御蚕神堂には、千体のオシラサマが置かれているそうです。守り神とはいえ、これ程の数のオシラサマに囲まれと、少しゾーっとします。


オシラサマにまつわる話で、

昔、美しい娘がいて、
その家の馬と仲が良く、いつも馬屋に行っていた。
そして、娘と馬は夫婦となってしまう。
それを知った父は怒り、桑の木に吊るし馬の皮をはいだ。
娘は「やめてくれ」と泣いたが聞かず、馬は死んでしまう。
するとその皮が、娘を包んでそのまま天へ連れて行ったしまった。

悔やむ父と母の夢枕に娘が現れ
「 庭の臼(うす)を見て下さい。
そこにいる虫に馬を吊るした桑の木の葉を食べさせ、…… 」と、
蚕の育て方を教えます。

その糸で機(はた)を織って売り、父と母は暮らし、
馬を吊るしたその桑の木で作ったのがオシラサマだという。
その家に、良い事もあれば悪い事もあるという
おしらせ
の神様であるという。


短く言うとこのような話があります。
また、「遠野市博物館」では、
「おしらさま」の話をジオラマを使って見せています。
約6分間の映像でとても分かり易く、ぜひ見ておきたいものです。



オシラ 3御蚕神堂には、馬を吊るした桑の木をイメージしたと思われる木が部屋の真ん中にあり、馬の絵が彫られています。オシラ 4
布に自分で願い事を書いて、オシラサマの首にかけることもできるようです。
何をお願いしてもいいのでしょうか、家内安全から宝くじまで、様々なお願いが書かれています…

赤く照らされるこの御蚕神堂は、この部屋に入るまでの伝承園の、のどかな雰囲気を忘れてしまうほど印象的でした。
posted by とぽ at 19:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 【観光施設 めぐり】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月15日

伝承園―1「伝承園」

伝承園入り口
「伝承園入り口」


M 伝承園伝承園」へは「遠野駅」から車で8分。
ほんの少しだけ離れてる「伝承園駐車場」に
車を停めて「伝承園」へ歩くと、
「古道跡」の鳥居の前を通ります。
入園310円。



伝承園工芸館
「伝承園内・工芸館」


「水車小屋」
「金勢様」
伝承園水車伝承園金勢様2005年5月13日に来園150万人を達成したそうです。
園内にはかやぶき屋根の家屋がいくつか建っていて、水車小屋などもありました。
「金勢様」(コンセサマ)は石でこのような形を造り祀っているもので、縁結び、子授け、安産、また豊穣(ほうじょう)、商売繁盛、さらには交通安全などとして、崇(あが)められているものだそうです。
遠野のコンセサマで有名なのは、大きな石で造られている土淵町松崎にある「松崎のコンセサマ」です。

「工芸館」の中には遠野のおばあさん達がいて、機織(はたお)りをしていたり、囲炉裏でヤマメを焼いていたりしました。
伝承園岩魚気軽に話してくれるので、遠野の人と話せるとても良い機会です。
そこで実際にワラ細工やお手玉作り、絵馬描きなどを体験できるので、やってみるのもいいかも知れません。伝承園馬っこ
そのおばあさん達が作った物をお土産として売っているので、お話したおばあさんのを買っていくのも、いい記念になるでしょう。
僕は、ワラ細工が一番上手だというおばあさんが作った、「馬っこ」(500円)を買いました。首に鈴が付いていて、シャリンシャリンと音がします。



伝承園喜善館

園内にある「佐々木喜善(きぜん)記念館」です。
『遠野物語』の話者として知られる佐々木喜善についての説明や
交流のあった人々の資料の展示などがされています。
特に佐々木喜善の生涯についての年表は、細かく書かれているので、
興味のある人にとっては見逃せないものではないでしょうか。
posted by とぽ at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 【観光施設 めぐり】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月13日

「明がらす」を食べる 

遠野へ観光に行った人から お土産にもらった、
遠野のお菓子「明(あけ)がらす」です。

明がらす1

「明がらす」というお菓子は、
いろんなところ(お店)からを出されているみたいです。

明がらす2

ゴマとクルミが入ってて、外側を餅でくるんであり、
甘すぎず、お茶とよく合うので、一度に3つ4つ食べてしまいます。
とてもおいしので、お土産に買って帰っても、喜ばれるはずです。


何度か遠野に来てますが今まで知らず、
人からのお土産で初めて食べました…
他で出している「明がらす」もまた、食べ比べてみたいと思います。
posted by とぽ at 21:03| Comment(1) | TrackBack(0) | 【記念に】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カッパ淵−2「カッパ狛犬」

―――― 「カッパ狛犬(こまいぬ)」 ――――


狛犬 1「常堅寺」の裏にある「カッパ淵」へ向う途中、常堅寺入り口の仁王像の間を通り境内へ入ると、すぐ左手に「十王堂」があります。

お堂の中には、いろいろなお地蔵様などがまつられていて、その前には狛犬がいる。一見普通のお堂のように見えます。


しかし、その「十王堂」の前にある狛犬を良く見ると、
カッパを模した形の狛犬です。

狛犬 2



「カッパ狛犬」と呼ばれている狛犬で、頭にお皿があって、おさい銭が入れられてます。
狛犬 3火災のときにカッパ淵のカッパが常堅寺に難を逃れ、そのお礼に狛犬になったと言われているそうです。

遠野ならではの、面白いエピソードだと思います。
とても珍しい、ユニークな狛犬です。


現地の説明書きには
こう書いてあります。
カッパ説明書き




―――― 「カッパ神の祠(ほこら)」 ――――

カッパ淵には、祠が一つあります。

カパ淵 祠

カッパ神を祀(まつ)った祠で、
子持ちの女性が乳の形をした赤い布を「お乳がでるように」と
納めるのだそうです。



―――― 「稲荷堂」 ――――

カッパ淵の脇にある、稲荷堂です。
カパ淵稲荷1


カパ淵稲荷2

2005年11月07日

カッパ淵−1「カッパのいた淵」

M 伝承園遠野駅」から車で8分。
「常堅寺」のPに停め、お寺の裏へ回るとある
「かっぱ淵」です。



  遠野にはカッパ話がいくつもありますが、中でも有名なのがこの「カッパ淵」です。

カッパ淵 1




カパ淵 標識  「常堅寺」の裏へ進み、カッパ淵の少し手前で案内標識がありますが、「ゆったりコース」は何もないただの遠回りになってしまうので、「お急ぎコース」を行く方がいいかと…

  足洗川に架かる小さい橋を渡り、このカッパ淵へ行きます。



カッパ淵 3  馬を冷やしに淵へ行った子が、ほったらかしにして遊びに行ってしまいます。
  カッパが出てきて馬を淵へ引き込もうとしたが、逆に馬小屋まで馬に引きずられてしまいます。
  えさ桶(おけ)に隠れるものの家の者に見つかり、村中の者が集まってきて「殺してしまえ」となりますが、今後、悪戯(いたずら)をしないと堅く約束をして放してやったという。

カッパ淵2  このような話が『遠野物語』にあります。

また、「遠野市立博物館」では、これと同じような話の「かっぱのおくりもの」という話を、スライドで見せています。
こっちは、
  家の人に捕まった後、「毎日川の魚を届けるから」とお願いして許してもらいます。ちゃんと毎日届けていたそうですがある日、そのカッパが「苦手な鎌(かま)を通う道に絶対に置かないで下さい」と言ったのを忘れ、主人は鎌を置きっぱなしにしてしまいます。それから2度と来なくなった
という話です。

  このような話も含めて、「『遠野物語』」や「遠野の昔話」などにはカッパが登場する話がいくつもあります。


カパ淵 ポスター  以前はここに「阿部与市さん」というカッパ淵名物のおじいさんがいて、観光客にカッパの話を聞かせていたそうです。僕はテレビで見た事はありましたが、お会いした事は残念ながらありませんでした。ぜひ会って、カッパの話をいろいろ聞いてみたかったです。
カッパ釣りの人  僕が行ったときは、「カッパ淵の守っ人(まぶりっと)」という人に会いました。
  長靴を履いて麦わらをかぶり、首からかっぱの捕獲許可証を下げて、竹竿にキュウリを吊るして「カッパ釣り」をしていました。
  ここで会えば、子どもがカッパに団子をあげようとした話などもきっと聞けるでしょう。あと、カッパ釣りのコツなどを聞いてもいいかも知れません。



遠野の河童は顔が赤くて口が大きいそうです。
馬を食べるようなので、結構危険な生き物でもあります。
まさに「遠野駅前」のかっぱ池にいる
かっぱ達のようなのかも知れません…
駅 夜かっぱ
「遠野駅前のかっぱ」



カッパ淵4  今現在この川の深さは、ひざ下くらいまでしかないので、河童もかなり住みにくくなったと思われます。
  捕まえるには「捕獲許可証(遠野市観光協会)」が必要です!
  さらに河童を生け捕りにして遠野テレビへ連れて行くと「1000万円」です! 

遠野美景選「秋」−3

紅葉 1


「紅葉」
ふるさと村



紅葉 2


「もみじ」
ふるさと村



紅葉 千葉家


「紅葉・千葉家」
千葉家
posted by とぽ at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 【遠野 美景選 「秋」】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

古道跡 「古参道の鳥居」

M 伝承園「古道跡」は「遠野駅」から車で8分。
「伝承園」と「伝承園駐車場」の間にあるので、伝承園に行くのならついでに見れます。




古道跡 1




古道跡 2「早池峰山(はやちねさん)」への登山道の鳥居。遠野人に限らず、周囲の多くの人々にとってかけがえのない信仰の山であり、昔は早池峰山へお参りのために、この鳥居をくぐって険しい道を登ったそうです。


見ての通り、目に見えてワイヤーで補強してあったりして、ぎりぎりの状態です…
車道沿いにありますが、気付かずに通り過ぎてしまうかも知れません。昔はこの鳥居をくぐり人々が行き来していたという様子は、なかなかイメージしにくいですが、いまだに残る貴重な史跡です。



古道跡 3

近くの土淵小学校の裏には、古道の続き(!?)があります。
道のような跡は全くありませんが、
たぶんこの辺りが道だったのでしょう。



こっちは「石上山登山道の鳥居」です。
後ろの灰色の鳥居がよく似ています。石上山登山道

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