2006年09月05日

母也明神(2) 「寂しい祠」

bonari 1.JPG


  実際おもしろいのは「母也明神(1)」の人柱(ひとばしら)話であって、この祠を見ても他に何があるというものでもないようです。

続きを読む

2006年09月04日

母也明神(1) 「いけにえにされた婿」

bonari 1.JPG


  遠野市松崎町松崎にある「母也明神」(ぼなりみょうじん)。
  この祠(ほこら)に祀られているのは、ここに住んでいた、ある巫女だという。その娘の婿(むこ)が、この巫女によって人柱とされてしまう。そんな話が、この場所には残っているというのです。

続きを読む

2005年12月25日

大慈寺 「遠野南部の菩提寺」

  『大慈寺(だいじじ)』は、遠野市大工町(だいくちょう)にあります。
  遠野で慕われた女の殿様「清心尼」の墓があった寺、また「五百羅漢」を彫った19代・義山(ぎざん)和尚の寺です。

大慈寺1


  遠野南部家の菩提寺(ぼだいじ)(※家代々の墓をおく寺)である大慈寺。

大慈寺2  1411年(応永18年)、龍伝恵全(けいぜん)和尚が八戸(青森県)に開き、南部直栄の遠野移封に従い1627年(寛永4年)に遠野市松崎町駒木(こまぎ)へ移ります。
  それから松崎町光興寺(こうこうじ)へ移り、そして現在地の大工町(だいくちょう)へ1658〜61年(万治)に移ります。

  現在の大慈寺は1924年(大正12年)に再建されたものだそうで、二度、1724年(享保9)年と1923(大正12)年に全焼しているのだそうです。

大慈寺4  鍋倉城二の丸跡に現在ある南部歴代の墓が以前はここにあり、1973年(昭和48年)に移ったといいます。そして光興寺の時に葬られた「清心尼の墓」は、寺が移った跡もそのままの場所に今も置かれています。

大慈寺3


  南部家とは、遠野へやってくる以前から関わりを持つ大慈寺。そしてこの寺の義山和尚は、遠野の人々の苦境を嘆(なげ)き五百羅漢像を彫り続けた。遠野の歴史と深く結びついているこのお寺、墓石に囲まれ静かに今の遠野を見守っているのでしょう。

2005年11月18日

遠野郷八幡宮 と「蛇」

M 遠野八幡郷
「遠野郷(とおのごう)八幡宮」までは
「遠野駅」から車で3分。



八幡宮1
「340号線沿いにある最初の鳥居」


八幡宮2 神社の駐車場に車を停めるとすぐ鳥居があり、境内へと伸びる直線があります。すぐ入ってみたくなりましたが、西の方を見ると、ここへと通じている参道が見えます。せっかくなので、少し戻ることにはなりますがたどってみると、340号線沿いに見えた鳥居へと出ました。
どうやらここが一つ目の鳥居のようです。

 鳥居横の石碑によると、この鳥居は「一の鳥居」というそうで、昭和62年1月9日の大地震(震度5)で、破損し、同年9月5日に修復が完工し、その時、神社側へこの鳥居を一間(約182cm)移動したそうです。

 今は前まで車で来られますが、昔の人々が通ったであろう「一の鳥居」から参道を歩いてくる(戻ってくる)と、再び先程の鳥居へと出ます。

八幡宮3


八幡宮7 鳥居をくぐり、そこから北へ真っすぐ伸びる本堂へと向う道を進むと、途中、馬場があります。この馬場は、流鏑馬神事(やぶさめしんじ)に使われるものです。八幡宮10 そこを抜け、さらに進んで階段を登るといよいよ遠野郷八幡宮が見えます。まず、立派な狛犬が4体置かれています。
 手前にある一対の狛犬は、なぜかは知りませんが、それぞれマリと小さい狛犬に足を掛けています。
 その間を通りお堂へ向おうとした時、狛犬の台座の下に蛇が…

八幡宮4


八幡宮11 一瞬驚きましたが良く見ると、とてもキレイな蛇です。脱皮したてなのか、雨に濡れているせいなのか、艶やかに光り、黄金色にも見えます。ウロコの色合いがとても立派な蛇です。
 この場所で蛇を見ると、ただの蛇とは思えません…
 

八幡宮6

遠野郷八幡郷は元々、ここから西の方へ少し行った所、
松崎町光興寺宮代にあったそうです。
そこは現在「元八幡」と呼ばれています。

 1661年(8月28日)に、南部直栄が現在地の
松崎町白岩に遷宮(せんぐう)したそうです。

色も形もとても美しい神社です。

2005年11月01日

多賀神社

M 多賀神社遠野駅から車で3分、新町にある「多賀神社」。
鍋倉公園の西側にあります。


多賀 階段


鳥居をくぐり、階段を登ると「多賀神社」があります。
「鍋倉城」西方の戦乱や災いをしずめ、
平安を守るために建立され、
遠野地方最古のものだそうです。


多賀 本堂


1647年(正保4年)に南部直栄(遠野南部氏21大藩主)、
1688年(元禄元年)に善論がそれぞれ再興し、
後に1901年(明治34年)に
遠野町の有志により再建されたものだそうです。

シンプルな造りの神社です。


階段の両脇にある杉の木の片方には、
なんか奇妙なものが…

多賀 木

キツツキが顔を出しているように見えます。
狛犬(こまいぬ)の役目を果たしているのでしょうか…



よく絵を描く老人が、ある朝ここを通ると大きな下駄が落ちていた。
狐だとわかって「筆だったらなぁ」と言うとたちまち筆になった。
またある朝通ると、社前の老松が大きな立派な筆になっていたという。


『遠野物語捨遺』にそんな話があります。




多賀神社 3つのお堂

境内には、他に3つのちいさな祠(ほこら)もあります。



そして、来た道とは別の、下り坂を少し行くと
もう一つ、「熊王稲荷神社」というのがありました。

熊王稲荷神社

こじんまりとしてますが、鳥居、石階段、石垣とそろい、
なかなか立派です。

熊王稲荷神社  お堂







×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。