2005年12月21日

遠野と鈴

  ある遠野での朝、散歩をしていると鈴の音が聞こえてきました。鈴はシャラシャラと、高らかに良く響きます。見ると、小学生の女の子が元気良く走りながら登校しているところで、背負ったランドセルの脇にはしっかりと鈴が結びつけられていました。

  この子が、何の飾りもないただの鈴を自ら好んで付けたとは思えず、なぜなのだろうとちょっと不思議に思いました。考えてみると、ここは周りを全て険しい山々に囲まれた遠野、そして揺れる度に鳴っている鈴。

鈴  聞いてみると、やはり『熊』よけなのだそうです。もしかしたらとは思いましたが、本当にそうだとは驚きました。そのために学校から配られた物だといいます。

  防犯ベルを付けた小学生は見た事があっても、熊よけの鈴を付けた小学生というのは、遠野に来てから初めて見ました。

  遠野の中心街での話ですので、ここで熊が出没する事などはまずないはずですが、一応、警戒対象の一つとして熊があるようです。




  遠野を色々細かくめぐろうとすると、どうしても、少し山に入った所へ行く事が多くなります。そういう時、どうしても気になってしまうのが、その『熊』です。出ないだろうかと気になってしまうのです。

  遠野の中心街からはずれ、数十分車で走り、そしてたどり着いた所などはしーんと静まり返った場所である事が多く、自分の足音以外には草木の揺れる音しか聞こえない、そんな中でふと、その事を思い出してしまいます。

  時々、道が分からず遠野の人に尋ねるた時などは、いつも皆快く、とても親切に教えてくれます。どうしても気になるので、ついでに、「そこ、熊は出ませんよね…」と聞くと、「…なんとも言えない」と言われる事も…。おそらく、出ないだろうけど言い切れはしないという感じでしょう。

  熊は前足の方が短いから、前のめりは走りずらく、下り坂が遅いと教えてもらった事もありますが、100mを7秒ぐらいで走るというのを、何処かで聞いたことがある熊での話です、解消はされませんでした。

  何か音の出るものを身に付けるといいそうですが、それはまさに『鈴』なのでしょう。

  そういえば、山際で何か作業をしていた遠野の人が、腰に鈴を付けていたのを以前見たことがありました。 

  神社なども多く、お参りの鈴を鳴らす事も多いでしょうが、周りを山々に囲まれ、そして大自然に囲まれている遠野では、鈴の音を聞く事は殊に多しなのでしょう。
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2005年12月11日

遠野のカッパとは?

  遠野にはカッパ話がいくつもあります。『遠野物語』に書かれているカッパ、遠野の「昔話」などに登場するカッパ、さらには目撃談などいろいろです。街角や観光スポットなどには様々なカッパのオブジェが、いろんな場所に置かれています。
  しかし、実物のカッパをとらえた写真などは残っていないようなので、それらをモチーフにしてオブジェなどは創造された物でしょう。

  遠野に限らずカッパという生き物は「緑色で、お皿があって、きゅうりが好物で…」というイメージがあります。でも、ここ遠野には、それとはまた違ったカッパというのも存在します。
  それらを踏まえて、遠野に住んでいるカッパはどのような姿をしているのか、ちょっと考えてみました。



[1]遠野市内にある、カッパをモチーフにしたオブジェ

カッパ1カッパのキャラクター「カリンちゃん」。
2頭身の緑色のカッパ。



カッパ2歩行者用道路の出入り口にあったカッパの顔。
特に変わりのない普通のカッパ。



カッパ3観光スポットの所々で見かける陶器のカッパ。
青白い。



カッパ4遠野駅前の池にあるカッパ像。
赤く、顔も怖い。



カッパ5カッパ淵にある、カッパが狛犬(こまいぬ)になったというカッパ狛犬。
狛犬の頭にお皿が付いたもの。


  かわいらしいキャラクターものから、ほぼ妖怪だと思える怖い顔のものまで様々です。共通しているのはお皿があるという事ぐらいでしょうか…



[2]『遠野物語』などには、

・「奇形極めて醜怪なるものなりき。」(『遠野物語』55話)
 ⇒奇妙な形をしていた

・「身内に真赤にして口大きく、まことにいやな子なりき。」(『遠野物語』56話)
 ⇒からだじゅうが真っ赤で、口が大きい

・「(河童の足跡は)猿の足と同じく親指は離れて人間の手の跡に似たり。長さは三寸に足らず。指先の跡は人のゝように明らかに見えずと云う。」(『遠野物語』57話)
 ⇒猿の足のように親指が離れているが、人間の手に似ている。
  長さ約9cm足らず。人のような指紋は明らかには見えない。


・「遠野の河童(かっぱ)は面の色赭(あか)きなり。三本ばかりある胡桃の木の間より、真赤なる顔したる男の子の顔見えたり。これは河童なりしとなり。」(『遠野物語』59話)
 ⇒顔が赤い。河童のことを、真っ赤な顔をした男の子とある

・「この岸に洗濯や水仕事などで近寄ると、水面から顔を出し、腰の辺りをのぞきこむ色ごのみのカッパでした。」(遠野市松崎「太郎かっぱ」説明書き)
 ⇒色ごのみ

・昔話で語られるカッパは、だいたい次のようなかんじです。
 ⇒子供の手に見えるが水かきがあり、
  人ならば7、8歳ぐらいで、お皿がある



とあります。
  これらを見ると、決して可愛いものではないのだな、と思います。「体が赤くて口が大きく、手は水かきがあり足は猿のよう、7・8歳ぐらいの子供に見えて色好み」ということになります。



全部合わせて、「遠野のカッパ」を絵にしてみると

絵 カッパ


ここのカッパは、他とはちょっと違う姿のようです。
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2005年11月16日

遠野は「湖」だった

M 日本地図


民話の里と言われる遠野。
岩手県、北上山系の中心にあり、遠野三山と呼ばれる
「早池峰山」(はやちねさん)
「六角牛山」(ろっこうしさん)
「石上山」(いしがみさん)
などを主に、周りを山々に囲まれている盆地です。

高い所から見るとよく分かるように、元は湖だったのだそうです。
古くはアイヌ人(※北海道の先住民族。幕藩体制下で明治時代以降、
文化がほぼ破壊された。)
が住み、
「とおの(遠野)」という名は、アイヌ語の『トオヌップ』→「湖のある丘」が
由来らしく、「ドルメン(※先住民族の墓)ではないか」
と言われている場所もあります。

高清水展望台より
「高清水展望台からの遠野の展望」
平地がまるで湖の水面のように見える


湖の水がなくなり
そして大地に人が住み始めたのは、いつのことなのでしょうか。
約8,000年前と推定される遺跡が、出土しているというのですが
集落の発生はいつ頃かは定かではないそうです。

遠野郷を400年、13代に渡り支配した「阿曽沼家」。
1210年代に高清水山の麓(ふもと)に横田城を築きます。

栄えた時代は、山々を超え、荷を運ぶ者達の通る宿場町として
人と馬などが四方から集まる交易地で
盛岡に次ぐ繁栄をしていたそうです。



この山々が地形的に遠野を隔離し、
湖に流れ込む河川のように、
通りすがりの人々が、遠野に落として行ったものを取り入れながら
湖水を溜めるように様々な伝承や昔話を
残しているのではないでしょうか。

この地はいまだに 湖のある丘、トーヌップだと
いえるのかも知れません。



1871年に盛岡に合併し、
1954年12月1日には1町7村が合併して遠野市が誕生。
そして今年の10月1日から新たに
西に隣接している「宮守村」と合併し
人口32,000人となりました。
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2005年10月26日

とおの。

岩手県 遠野市


昔話、語り部(かたりべ)
かっぱ伝説、オシラサマ、
獅子踊り(ししおどり)、南部囃子(なんぶばやし)
ジンギスカン、遠野物語…


周りを山々に囲まれたここには、
たくさんの昔話と伝統、
そして数多くの奇妙な言い伝えが今も残っている。


雪深く厳冬だが、
時折祭りでにぎわいを見せながらも、
今も伝統を忘れない暮らしがここにはあるようだ。




しし像
posted by とぽ at 08:20| Comment(0) | TrackBack(0) | …遠野。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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