2005年11月16日

遠野は「湖」だった

M 日本地図


民話の里と言われる遠野。
岩手県、北上山系の中心にあり、遠野三山と呼ばれる
「早池峰山」(はやちねさん)
「六角牛山」(ろっこうしさん)
「石上山」(いしがみさん)
などを主に、周りを山々に囲まれている盆地です。

高い所から見るとよく分かるように、元は湖だったのだそうです。
古くはアイヌ人(※北海道の先住民族。幕藩体制下で明治時代以降、
文化がほぼ破壊された。)
が住み、
「とおの(遠野)」という名は、アイヌ語の『トオヌップ』→「湖のある丘」が
由来らしく、「ドルメン(※先住民族の墓)ではないか」
と言われている場所もあります。

高清水展望台より
「高清水展望台からの遠野の展望」
平地がまるで湖の水面のように見える


湖の水がなくなり
そして大地に人が住み始めたのは、いつのことなのでしょうか。
約8,000年前と推定される遺跡が、出土しているというのですが
集落の発生はいつ頃かは定かではないそうです。

遠野郷を400年、13代に渡り支配した「阿曽沼家」。
1210年代に高清水山の麓(ふもと)に横田城を築きます。

栄えた時代は、山々を超え、荷を運ぶ者達の通る宿場町として
人と馬などが四方から集まる交易地で
盛岡に次ぐ繁栄をしていたそうです。



この山々が地形的に遠野を隔離し、
湖に流れ込む河川のように、
通りすがりの人々が、遠野に落として行ったものを取り入れながら
湖水を溜めるように様々な伝承や昔話を
残しているのではないでしょうか。

この地はいまだに 湖のある丘、トーヌップだと
いえるのかも知れません。



1871年に盛岡に合併し、
1954年12月1日には1町7村が合併して遠野市が誕生。
そして今年の10月1日から新たに
西に隣接している「宮守村」と合併し
人口32,000人となりました。
posted by とぽ at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | …遠野。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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