2006年09月05日

母也明神(2) 「寂しい祠」

bonari 1.JPG


  実際おもしろいのは「母也明神(1)」の人柱(ひとばしら)話であって、この祠を見ても他に何があるというものでもないようです。




bonari 2.JPG  「母也明神」へ行く入り口には、「母也明神(1)」で書いたような、ここに残る伝説について書かれた長文の説明書きがあります。目印というのはそれくらいでした。
  そこから先は急なのぼりがあって、bonari 3.JPG道も悪いのでちょっと入ろうかためらってしまうような所。
  それでものぼっって行くと、3分ほどで「母也明神」にたどり着きます。

  杉林のなかで静かにたたずむこの祠。bonari 4.JPG朽ち果てかけた鳥居がいい雰囲気を出してます。
  夏に来たら、おそらく草木が生い茂っていて、こんなに見通しがよくないのかもしれません。
  静まり返ったこの場所で、感じるのは鳥の気配くらいです。




bonari 5.JPG



  「母也明神」に残されている「人柱伝説」。
  この話は、この場所にある説明書きのほかにも、幾つかの書物に書かれていて、「巫女(みこ)が一人娘の婿(むこ)を気に入らず、人柱となるよう仕向けるが、娘までも一緒に淵に沈んでしまう。」というこの話の大まかな内容は同じですが、その書かれ方によって、少し受ける印象が違うところもあります。

  「母也明神(1)」で書いた話だと、巫女(みこ)の一人娘は自ら白装束で現れ、知らずに人柱となってしまう婿(むこ)といわば心中をする、そんな話に思えます。 神のお告げに快く人柱となる婿と、一緒に人柱を望んだ巫女の娘。


  しかし、これとはまた違った印象を受ける形で書かれているものもあります。
  婿の台詞で『「人柱は男女のいけにえが揃わなければならない。私の妻も一緒に沈もう」と言って承諾した妻と共に沈んだ。』。 こう書いてあるものもありました。
  こっちだと、婿が巫女の娘を道ずれにしたような印象を受けます。
  この婿は、人柱としてこの井堰を守れという神のお告げに、ただ本当に忠実な気持ちでこうしたのでしょうか。それとも、察したのでしょうか… 巫女の思惑を…

  と言っても、どっちが真相なのかは僕にはわかりません。ただそんな話があるというだけです。





  この場所は、先にも言いましたが鳥の気配しか感じない静まり返った場所。獣さえ潜んでいるのでは、と思えてしまいます。
  裏手には「忍峠」という舗装のされてない細い峠道があります。僕は一度、間違えて入った事があります。何処かでUターンをしなければと思いながら、そのような場所はなく、奥へ奥へと行ってしまい、道にはまったら… 対向車が来たら… と不安を覚えました。
  そしてこの峠道の向こうには「天ヶ森」という山があります。「忍」や「天ヶ」という何か意味深な名前に思えます…




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この記事へのコメント
悲しい物語ですね。昔は人柱とか実際にあったって話を色々な話で聞くので実話なんでしょうかね。うーん。。。。。。
Posted by ゆーくん at 2006年09月09日 00:22
何処まで本当なのかも僕にはわかりません。でも、まだ気になるところが幾つも残る、少し変な話です。
Posted by ブログ主 at 2006年09月19日 20:59
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