2006年04月09日

続石(2)「弁慶が!? 古代人が!? 自然が!?」

登ること10分。
静かな山中に突如現れる高さ4m、3つの大石。
それらが不自然に重なり合う。

続石(つづきいし)と呼ばれるこの物体は、
弁慶の仕業なのか!? ドルメンなのか!?

続石11


  「続き石(1)」では不思議な形をしているという事を書きましたが、今度はこの続石にまつわる話を。
  見た目も不思議なこの「続石」ですが、どうしてこのようなものが、こんな山の中にあるのでしょう。そのいわれは、3つあるようです。.
  
  ひとつは、あの武蔵坊弁慶によるものであるという「べんけい説」。2つ目は先住民族の墓、ドルメンではないかという「ドルメン説」。それと人間の力によるものではないという「自然現象説」。
  この3つは僕が知っているものだけで、他にもあるかはわかりませんし、「〜説」というのも今付けたものですが、どの逸話も興味深いものです。


まず
「べんけい説」
武蔵坊弁慶がこれを造ったというのです。

  昔、弁慶が笠石を別の石の上に置いて造ろうとしたところ、その石が「自分は位の高い石なのに、ずっと大石の下になるのは嫌だ。」と一晩中泣いたので、今の台石の上に移したという話。
  運ぶときに踏ん張ってついた弁慶の足跡が、笠石にくぼみとして残っているといいます。
  その泣いたという石は泣石(なきいし)と呼ばれ、実際今もすぐ横に置かれています。さらに弁慶が昼寝をしたという「弁慶の昼寝場」というのもすぐ近くにあり、そこにある石を枕に昼寝をしたそうです。

  泣き石は高さ3m以上もありそうな巨大な石で、杉の木に引っかかって止まっているような状態でした。今でも涙を流しているといいますが、小川も凍っているような季節に行ったので、よくわかりませんでした。
  弁慶の昼寝場には枕に使ってたであろう石があり、途中、疲れた弁慶がここで一眠りしたのでしょう。
 

  しかし、「べんけい説」はすごくおもしろい話なのですが、何の文献を見ても弁慶はここにきてないとも言われています。

続き石6
続き石3



←「泣き石」
↑「弁慶の昼寝場」



  次に
「ドルメン説」
  この「続石」がドルメンではないかというのです。

  ドルメンとは支石墓(しせきぼ)と言われるもので、紀元前1000年〜100年頃に巨大な石で造られた、古代人のお墓のことです。
  2つの台石の上に笠石がのって、テーブルのようになっている石造物がドルメンと呼ばれ、「ドル」が「机」、「メン」が「石」という意味だそうです。

  欧州を中心に世界のいろんなところにあり、特に朝鮮半島に多くあるというドルメン。形的には似てますが、他のに比べて、ここのはだいぶいびつです。
  もしそうだとすると、お墓なので下に埋まっていることになります。ミステリアスというより少し気味の悪い場所に思えます。



  最後に
「自然現象説」
  自然にこうなったのではないかというです。

  この辺りには、もともとこのような立派な大石が多く、この続石もその中のひとつ。長い年月で周りの土が斜面を流れ落ち、この続き石が残って露出したということです。実際、この続石にしろ泣石にしろ、回りを見渡すとわりとこのようなゴツゴツとした石を多く見かけます。

  僕としても、なんとなく一番それらしいのがこの説のような気はします。でも、ノスタルジィーな世界のここ遠野では、どれも否定はできないのです。


  この「続石」は、語り部の昔話として語られたり、遠野物語捨遺11話に書かれていたり、いろいろな形で伝えられています。いったい続石の正体は、ドルメンなのでしょうか、それともただの岩なのでしょうか。真相はわからないままです。








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