2005年12月25日

大慈寺 「遠野南部の菩提寺」

  『大慈寺(だいじじ)』は、遠野市大工町(だいくちょう)にあります。
  遠野で慕われた女の殿様「清心尼」の墓があった寺、また「五百羅漢」を彫った19代・義山(ぎざん)和尚の寺です。

大慈寺1


  遠野南部家の菩提寺(ぼだいじ)(※家代々の墓をおく寺)である大慈寺。

大慈寺2  1411年(応永18年)、龍伝恵全(けいぜん)和尚が八戸(青森県)に開き、南部直栄の遠野移封に従い1627年(寛永4年)に遠野市松崎町駒木(こまぎ)へ移ります。
  それから松崎町光興寺(こうこうじ)へ移り、そして現在地の大工町(だいくちょう)へ1658〜61年(万治)に移ります。

  現在の大慈寺は1924年(大正12年)に再建されたものだそうで、二度、1724年(享保9)年と1923(大正12)年に全焼しているのだそうです。

大慈寺4  鍋倉城二の丸跡に現在ある南部歴代の墓が以前はここにあり、1973年(昭和48年)に移ったといいます。そして光興寺の時に葬られた「清心尼の墓」は、寺が移った跡もそのままの場所に今も置かれています。

大慈寺3


  南部家とは、遠野へやってくる以前から関わりを持つ大慈寺。そしてこの寺の義山和尚は、遠野の人々の苦境を嘆(なげ)き五百羅漢像を彫り続けた。遠野の歴史と深く結びついているこのお寺、墓石に囲まれ静かに今の遠野を見守っているのでしょう。

2005年12月21日

遠野と鈴

  ある遠野での朝、散歩をしていると鈴の音が聞こえてきました。鈴はシャラシャラと、高らかに良く響きます。見ると、小学生の女の子が元気良く走りながら登校しているところで、背負ったランドセルの脇にはしっかりと鈴が結びつけられていました。

  この子が、何の飾りもないただの鈴を自ら好んで付けたとは思えず、なぜなのだろうとちょっと不思議に思いました。考えてみると、ここは周りを全て険しい山々に囲まれた遠野、そして揺れる度に鳴っている鈴。

鈴  聞いてみると、やはり『熊』よけなのだそうです。もしかしたらとは思いましたが、本当にそうだとは驚きました。そのために学校から配られた物だといいます。

  防犯ベルを付けた小学生は見た事があっても、熊よけの鈴を付けた小学生というのは、遠野に来てから初めて見ました。

  遠野の中心街での話ですので、ここで熊が出没する事などはまずないはずですが、一応、警戒対象の一つとして熊があるようです。




  遠野を色々細かくめぐろうとすると、どうしても、少し山に入った所へ行く事が多くなります。そういう時、どうしても気になってしまうのが、その『熊』です。出ないだろうかと気になってしまうのです。

  遠野の中心街からはずれ、数十分車で走り、そしてたどり着いた所などはしーんと静まり返った場所である事が多く、自分の足音以外には草木の揺れる音しか聞こえない、そんな中でふと、その事を思い出してしまいます。

  時々、道が分からず遠野の人に尋ねるた時などは、いつも皆快く、とても親切に教えてくれます。どうしても気になるので、ついでに、「そこ、熊は出ませんよね…」と聞くと、「…なんとも言えない」と言われる事も…。おそらく、出ないだろうけど言い切れはしないという感じでしょう。

  熊は前足の方が短いから、前のめりは走りずらく、下り坂が遅いと教えてもらった事もありますが、100mを7秒ぐらいで走るというのを、何処かで聞いたことがある熊での話です、解消はされませんでした。

  何か音の出るものを身に付けるといいそうですが、それはまさに『鈴』なのでしょう。

  そういえば、山際で何か作業をしていた遠野の人が、腰に鈴を付けていたのを以前見たことがありました。 

  神社なども多く、お参りの鈴を鳴らす事も多いでしょうが、周りを山々に囲まれ、そして大自然に囲まれている遠野では、鈴の音を聞く事は殊に多しなのでしょう。
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2005年12月18日

キツネの関所

キツネ関所1  「キツネの関所」までは、「遠野駅」から車で6分。340号線沿いですが、少し高くなった場所に置かれているので、気付きにくいかと思います。
M キツネの関所  車をとめる場所にもちょっと困りますが、このようなキツネが掘られた石碑が置かれいます。


  「遠野」にはキツネ話が数多くあり、様々な話に登場します。「キツネといえば…」、というように、やはりどの話も人間であったり他の動物などに変化(へんげ)します。そして大抵は人を化かします。

キツネ関所2  この石碑に書いてある話以外には、酒を飲んだ帰り道にその人の知り合いに化けて姿を表し、相撲を取ろうと言って遊び、夢中になってるすきに手土産を拝借(はいしゃく)してしまうという話などもあります。

キツネ関所3  この「キツネの関所」という所には、この石碑があるだけで、他には何もありません。
  「遠野」だけではなく、何処においても「キツネ」というのは、変化して人間を化かす生き物の象徴として使われているように思えます。ここではそれ以外にも、霊力を持った生き物として話されているものもいくつかあったりもします。

2005年12月16日

遠野美景選「夏」−2

綾織 花壇

「綾織の花壇」
遠野市綾織町

いつでも綺麗に飾られている花壇
いろいろな花が植えてあってとても鮮やかです


常堅寺の鐘

「常堅寺の鐘」
遠野市土淵町

常堅寺の狛犬と鐘
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2005年12月11日

遠野のカッパとは?

  遠野にはカッパ話がいくつもあります。『遠野物語』に書かれているカッパ、遠野の「昔話」などに登場するカッパ、さらには目撃談などいろいろです。街角や観光スポットなどには様々なカッパのオブジェが、いろんな場所に置かれています。
  しかし、実物のカッパをとらえた写真などは残っていないようなので、それらをモチーフにしてオブジェなどは創造された物でしょう。

  遠野に限らずカッパという生き物は「緑色で、お皿があって、きゅうりが好物で…」というイメージがあります。でも、ここ遠野には、それとはまた違ったカッパというのも存在します。
  それらを踏まえて、遠野に住んでいるカッパはどのような姿をしているのか、ちょっと考えてみました。



[1]遠野市内にある、カッパをモチーフにしたオブジェ

カッパ1カッパのキャラクター「カリンちゃん」。
2頭身の緑色のカッパ。



カッパ2歩行者用道路の出入り口にあったカッパの顔。
特に変わりのない普通のカッパ。



カッパ3観光スポットの所々で見かける陶器のカッパ。
青白い。



カッパ4遠野駅前の池にあるカッパ像。
赤く、顔も怖い。



カッパ5カッパ淵にある、カッパが狛犬(こまいぬ)になったというカッパ狛犬。
狛犬の頭にお皿が付いたもの。


  かわいらしいキャラクターものから、ほぼ妖怪だと思える怖い顔のものまで様々です。共通しているのはお皿があるという事ぐらいでしょうか…



[2]『遠野物語』などには、

・「奇形極めて醜怪なるものなりき。」(『遠野物語』55話)
 ⇒奇妙な形をしていた

・「身内に真赤にして口大きく、まことにいやな子なりき。」(『遠野物語』56話)
 ⇒からだじゅうが真っ赤で、口が大きい

・「(河童の足跡は)猿の足と同じく親指は離れて人間の手の跡に似たり。長さは三寸に足らず。指先の跡は人のゝように明らかに見えずと云う。」(『遠野物語』57話)
 ⇒猿の足のように親指が離れているが、人間の手に似ている。
  長さ約9cm足らず。人のような指紋は明らかには見えない。


・「遠野の河童(かっぱ)は面の色赭(あか)きなり。三本ばかりある胡桃の木の間より、真赤なる顔したる男の子の顔見えたり。これは河童なりしとなり。」(『遠野物語』59話)
 ⇒顔が赤い。河童のことを、真っ赤な顔をした男の子とある

・「この岸に洗濯や水仕事などで近寄ると、水面から顔を出し、腰の辺りをのぞきこむ色ごのみのカッパでした。」(遠野市松崎「太郎かっぱ」説明書き)
 ⇒色ごのみ

・昔話で語られるカッパは、だいたい次のようなかんじです。
 ⇒子供の手に見えるが水かきがあり、
  人ならば7、8歳ぐらいで、お皿がある



とあります。
  これらを見ると、決して可愛いものではないのだな、と思います。「体が赤くて口が大きく、手は水かきがあり足は猿のよう、7・8歳ぐらいの子供に見えて色好み」ということになります。



全部合わせて、「遠野のカッパ」を絵にしてみると

絵 カッパ


ここのカッパは、他とはちょっと違う姿のようです。
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2005年12月09日

キャラクターシール

シール1  遠野のお土産として売っている「カリンちゃん」というキャラクターのシール。1.5cm×1.5cmのが50枚くっついてて100円。どんどん張っても減らないくらいあります。



シール2

  後ろには「曲がり屋」があって、しょってるのは何の花でしょうか? 見たところ、曲がり屋から出てきたカリンちゃんが、花を背負って何処かへ出掛けるところのようです。
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2005年12月05日

山崎のコンセイサマ 「1.5mの石」

コンセ 6


  柳田国男の『遠野物語』の中に 「コンセサマを祭れる家も少なからず。石又は木にて男の物を作りて捧げる也。」 ⇒ 「コンセサマをまつっている家もすくなくない。石、または木で男根の形を作ってまつるのです。」 とあります。このお堂の中にその「コンセイサマ」があります。

山崎コンセサマ「山崎のコンセイサマ」までは「遠野駅」から車で20分。
すぐ目の前まで車で行けます。

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